NAP策定への意見:科学技術イノベーション(STI)

ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)策定への市民社会からの意見書

(2020年1月23日)

【現状と課題】

  • 人工知能(AI)やデジタル技術、バイオ技術の急速な進展、また、電気自動車や自動運転車など輸送技術の急速な進展などの「科学技術イノベーション」(STI)により、今後、世界の文化、社会、政治、経済、環境の在り方が大きく変貌する可能性が高まっている。日本でも、STIによって到来する社会を「ソサエティ5.0」と称し、政府や経済界は強く推進する方向を打ち出している。しかし、そのリスクや課題について、予測、対処、克服するための枠組みの構築や政策形成のための投資や労力は不十分である。
  • 最大の課題は、STIに関する民主主義的なガバナンスが、世界、日本ともに欠如しており、一握りのグローバル企業や巨大な経済規模と技術を持つ一部の国家政府、研究機関、国際機関などにより独占的に推進されているということである。これはリスクの検討においても同様である。例えば、日本政府は2019年3月に「人間中心のAI社会原則」を策定したが、この検討会議は企業および研究者の代表のみによって構成され、科学技術イノベーションの影響を受ける市民、労働者、障害者や外国人をはじめ社会的脆弱性を持つ人々などは参加していない。結果、同「原則」は自発的な倫理基準にとどまっている。
  • AIをはじめとするデジタル技術の進展に関して、プライバシーの侵害や個人情報の同意なき利用、社会的差別の拡大、フェイク情報の拡散、性暴力の誘発などがグローバルに生じているが、これらへの対応は国単位で対処療法的になされているに過ぎない。STIによる産業・経済の大変化が多くの労働者の権利を脅かしていること、デジタル技術の活用によるグローバルなプラットフォーム企業の展開により世界的に格差が拡大していること、アルゴリズムなどデジタル技術やバイオ技術への知的財産権の設定が、これらの知のさらなる独占と、先住民などをはじめとする様々なステークホルダーの排除を強化しかねないこと、などに実効的に対処する必要がある。また、青少年層のゲーム依存、SNS依存などにかかわる精神疾患、薬物依存、非感染性疾患の拡大や人間形成の問題など、健康上の被害についても、十分な調査と対処が求められる。
  • デジタル技術は膨大な電力を消費し、一方、再生可能エネルギーの拡大も希少金属やレア・アース等の大規模な消費拡大を伴うが、これらによる環境破壊の負の影響については十分に検討されていない。また、デジタル機材やバイオ製品の処分による環境汚染はすでに大きな問題となっている。

【NAPへの提言】

  • 社会を構成するすべての人々、セクターに影響を与えるSTIに関しては、全てのセクターが参加する民主主義的なガバナンス枠組み・制度が必要である。また、これが及ぼす影響について、あらゆるプロセスにおける十分な情報公開と透明性、説明責任が果たされる必要がある。加えて重大なリスクに関しては、予防原則のもとに十分なシミュレーションとマルチステークホルダーで検討する枠組みを設置すべきである。さらに、STIによる各種の変動に「巻き込まれない権利」を保障することも検討する必要がある。
  • プライバシーの侵害や個人情報の漏洩について、個々人の人権を守る観点から、より強力な保護制度を検討すべきである。また、フェイク情報の流通やこれによる差別・暴力等に関しても、これらを適切に排除しつつ、表現の自由を守る政策と実践を政府・民間・市民社会の連携で形成すべきである。
  • STIによる産業構造の変化について、大規模な失業と生活困窮、人間疎外、労働権の侵害につながらないようにする政策が必要である。
  • 特に青少年層におけるデジタルとの関わりによる健康被害について、ビジネスと人権の観点から検討する必要がある。
  • STIと知的財産権をはじめとする貿易ルールが、遺伝資源や生物資源に関するグローバル企業等の独占につながり、先住民や第一次産業の従事者などの権利を侵害しないようにする政策が必要である。
  • STIの発展による資源消費が、より大きな環境破壊を呼び起こす可能性がある。これについて、「責任あるサプライチェーン」の文脈でグローバル、ローカルな負の影響を最小限にする必要がある。

(一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク)