ビジネスと人権に関する国別行動計画への初期提言

2017年5月16日

ビジネスと人権NAP市民社会プラットフォーム

 

 ビジネスと人権に関する指導原則(以下、指導原則)が国連人権理事会で2011年に全会一致で承認され、2013年には、その実施のために、ビジネスと人権に関する国別行動計画(以下、国別行動計画)の策定が要請されました。2017年4月現在、世界の14か国で国別行動計画が策定されています。

 国内と国外を問わず、ビジネスに関連する人権侵害が広く見られる深刻な状況の中、私たち市民社会のメンバーは、2016年のG7伊勢志摩サミットに際しても、日本国政府がすみやかに国別行動計画を策定するべきことを要請してきましたが、その後、2016年11月のビジネスと人権フォーラムの場で日本国政府から国別行動計画を策定する旨の言明がなされ、同年12月には、「持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための具体的施策」において、国別行動計画の策定が具体的な施策課題として掲げられました。私たちはこうしたコミットメントを評価した上で、現在、国別行動計画の策定プロセスが開始されつつある中、以下のように基本的な提言を行います。

 

(基本的な前提に関する提言)

1. 国連ワーキンググループのガイダンスを十分に踏まえることを求めます。

 この提言内容は、国連ワーキンググループによるGuidance on National Action Plans on Business and Human Rights(以下、NAPガイダンス)の内容を踏まえたものです。NAPガイダンスでは、国別行動計画の策定には国によって異なるアプローチがありうることを前提としながらも、①指導原則に基づいていること、②各国の現実の状況に応じたものであること、③参画可能性と透明性のあるプロセスで策定されること、④定期的に見直し改定すること、という4つの「不可欠の基準」を示しています。私たちは、これらの基準が十全に満たされることを重視するとともに、NAPガイダンスが、政府以外のステークホルダーに対し、「本書で説明された提言からの不当な乖離については説明責任を果たすことを要求すべきである」としていることを重く受け止めています。このような観点から、私たちは、あらゆる人々がビジネスによる人権侵害から保護されなければならない、という目指すべき共通の課題を政府と共に見据えながら、国別行動計画の策定プロセスにおけるステークホルダーとしての責務の自覚のもとに、市民社会の立場から以下の内容を強く要請するものです。

 

2. 国別行動計画の内容を指導原則に明確に基づいたものにすることを求めます。

 これには、国際人権基準を踏まえたものにすること、指導原則第1部の国の責務及び第3部の救済へのアクセスを具体化することを含みます。またこのことは、国別行動計画の実質的な内容を他の既存の政策枠組みに組み込む場合にも、ビジネスに関連する人権への負の影響からの人々の保護と、救済へのアクセスの担保を、国の責務として、国際人権基準を踏まえて既存の政策枠組みに具体化することを意味します。

 

3. 上記1の認識を関係する省庁を含め政府内部で徹底することを求めます。

 NAPガイダンスは、具体的な策定プロセスを綿密に提示する中で、ビジネスと人権の問題に関する認識を政府内部で高めるべきことを明確に述べています。私たちも、責任ある策定プロセスのために、このことは不可欠であると考えています。

 

(策定プロセスに関する提言)

4. 関係するステークホルダーと十分な協議を必ず行うことを求めます。

 国別行動計画の策定プロセスにおいては、市民社会をはじめ関係するステークホルダーと十分な協議を必ず行うことを求めます。NAPガイダンスは、関係するステークホルダーとの協議が国別行動計画の実効性と正当性にとって不可欠であるとし、協議のための枠組みを設置した上で、①ビジネスに関連する人権への負の影響の特定、②特定された負の影響に関する、国及び企業の指導原則の実施状況のギャップの特定、③ギャップに対処する取り組み内容の検討、④国別行動計画のドラフトの起草後、⑤起草後の協議を経て最終化され、公表、実施された後のモニタリングを踏まえた国別行動計画の評価、⑥評価を踏まえて行う、国別行動計画の改定に向けたプロセス、の各段階において関係するステークホルダーとの協議を求めています。これらの協議(エンゲージメント)が策定プロセスに内在的なものでなければならないことは明らかで、双方向性を欠いた形式的な意見聴取に終わらないことを強く要請するものです。

 

5. ベースラインスタディを重視することを求めます。

 上記策定プロセスの、①ビジネスに関連する人権への負の影響の特定、②特定された負の影響に関する、国及び企業の指導原則の実施状況のギャップの特定、をはじめ、国別行動計画の策定プロセスにおいては、現状把握のための基本的な調査研究(ベースラインスタディ)が極めて重要です。これをおろそかにすることのないよう重視し、またその際、政府内部の机上のプロセスにとどまらず、外部の専門家の知見を得ることと並んで、関係するステークホルダーの参画のもとに行うことを求めます。

 

(負の影響の特定に関する提言)

6. 人権への負の影響の特定及びギャップの特定は、漏れのないように行うことを求めます。

 上記策定プロセスの、①ビジネスに関連する人権への負の影響の特定、では、サプライチェーンを含む企業活動のバリューチェーンすべてにわたって検討し、具体的な人権イシューについて漏れのないよう洗い出すことを求めます。その際、負の影響の範囲は、国内はもちろん、国内に本拠をおく企業による国外での負の影響も含み、さらに、国が直接・間接に関与する場合も含みます。また、②特定された負の影響に関する、国及び企業の指導原則の実施状況のギャップの特定、に際しては、関連するあらゆる法的・非法的枠組み及び企業の取り組みに関わるギャップを調査することを求めます。

 

(具体的な政府の対応に関する提言)

7. 負の影響に対処するための具体的な措置を十分に検討することを求めます。

 NAPガイダンスは、国別行動計画の内容に、人権への負の影響に対する政府の現在の対処の内容と、今後の対処の取り組みのコミットメントを含めることを求めています。さらにAnnexⅢでは、指導原則第1部の国の責務及び第3部の救済へのアクセスを具体化するため、政府が取り得る措置(measures)の具体的な例が列挙されています。これらの具体例を十分に参照しながら、現実の状況に即して、人権への負の影響に対処するための具体的な措置を十分に検討することを求めます。

 

(平等及び非差別の原則に関する提言)

8. 社会的に脆弱な立場に置かれた、または周縁化された人々への視点と平等及び非差別の原則を重視することを求めます。

 社会的マイノリティや被差別者など、社会的に脆弱な立場に置かれた(vulnerable)、または周縁化された人々は人権への負の影響を受けやすく、したがって、人権への負の影響の特定及びギャップの特定に際しては、こうした人々を重視する視点が極めて重要です。このことは負の影響に対処するための具体的な措置においても同様で、NAPガイダンスも、指導原則を効果的に実施するためには、性別、年齢、民族性、性的指向、経済状態または社会的地位にかかわらない平等及び非差別性が必要である、としています。欠かすことのできないこうした視点を重視することを、私たちも強く求めるものです。

以上

 

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