日本のNAPをめぐる経過

【G7伊勢志摩サミットでの市民社会からの要請】

  2015年のG7エルマウ・サミットの首脳宣言では、日本語で1500字を超える「責任あるサプライ・チェーン」に関する記述の中で、国別行動計画(NAP)についても言及されました。これを2016年のG7伊勢志摩サミットでも取り上げるべきだとする提言「G7各国はビジネスと人権に対する取り組みの強化を」が国内外60団体の賛同のもと市民社会から出されましたが、その中でも、日本政府がNAPを策定することにより「ビジネスと人権に関する指導原則」を実施することが求められました。G7伊勢志摩サミットの首脳宣言では、「我々は、国際的に認められた、労働、社会及び環境上の基準が、世界的なサプライ・チェーンにおいてより良く適用されるよう引き続き努力する。」との一文が記述されるにとどまりました。

 

【ビジネスと人権フォーラムでの表明】 

 2011年に「指導原則」が国連人権理事会で承認されて以降、毎年秋にジュネーブで「ビジネスと人権フォーラム」が開催されています。その第5回目が2016年11月に開催される中、日本政府は初めて公の場でNAPを策定する旨を表明しました(第5回国連ビジネスと人権フォーラムでの志野大使ステートメント)。

 ステートメントでは、日本政府として「指導原則」を強く支持し、その実施にコミットするとともに、今後数年以内に(in the coming years)NAPを策定することが表明されました。さらに、2017年の第6回「ビジネスと人権フォーラム」でも、より具体的な言明がなされました(第6回国連ビジネスと人権フォーラムでの志野大使ステートメント)。

 その後、2018年11月の第7回国連ビジネスと人権フォーラムでも発言があり、NAP策定の初期段階としてベースラインスタディを実施し、これが「次の段階」の基礎となる旨などが説明されました(第7回国連ビジネスと人権フォーラムでの岡庭大使ステートメント)。

【SDGs実施指針等での言及】

 2016年12月には、政府の「持続可能な開発目標(SDGs)推進本部」による「持続可能な開発目標(SDGs)実施指針」に併せて策定された「持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための具体的施策(付表)」において、NAPの策定が具体的な施策課題として掲げられました(13ページ)。

 その後、2019年12月には「SDGs実施指針改定版」が出され、「政府は、行動計画の策定を始めとして関係省庁が連携し、 国連「ビジネスと人権」指導原則を踏まえて、適切な対応及び企業のSDGsに資する取組の促進を行う」と具体的に言及されています。

 なお、数次にわたり「SDGsアクションプラン」が策定されていますが、「SDGsアクションプラン2020」では、「国連ビジネスと人権に関する指導原則等に基づき、企業行動における新たなグローバル・スタンダードとなりつつある人権の尊重に係る我が国の行動計画を策定し、我が国企業に先進的な取組を促すことにより、企業活動における人権の保護・促進を推進すると共に、近年の国内外における「ビジネスと人権」への関心の高まりに対し,日本企業の競争力の確保及び向上を図っていく」とされています。

【ベースラインスタディ意見交換会】

 2018年から日本のNAPは本格的な策定プロセスに入っていきます。2018年3月から8月まで、「企業活動における人権保護に関する我が国の法制度や取組についての現状を確認するため」(外務省ウェブサイト)の「ベースラインスタディ」の一環としての「ビジネスと人権に関するベースラインスタディ意見交換会」が、日本経団連、連合、グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン、日弁連、ビジネスと人権NAP市民社会プラットフォームなど関係するステークホルダーと政府の各省庁が参加して10回にわたり開催されました。

 この「意見交換会」や政府内でのベースラインスタディとしての「デスクレビュー」を集約したものとして、2018年12月には日本政府から「ビジネスと人権に関するベースラインスタディ報告書~ビジネスと人権に関する国別行動計画策定に向けて」が公表され、2019年1月にパブリックコメントが実施されました。

 

【「優先分野」の特定とNAP原案】

 2019年度からは政府各府省庁と関係するステークホルダー団体が参画する「諮問委員会」と「作業部会」という枠組みが設けられ、議論が続けられました。2019年7月には「ビジネスと人権に関する我が国の行動計画(NAP)の策定に向けて」が公表され、「ビジネスと人権に関する行動計画を策定する上で検討していく、全体的な優先分野を5つ、特に重点的に検討する必要がある14の事項を特定」(外務省ウェブサイト)した、とされています。 

 2020年2月には「「ビジネスと人権」に関する行動計画 原案」が公表され、3月にかけてパブリックコメントが実施されました。

 

【NAPの公表】

 2020年10月16日、「「ビジネスと人権」に関する行動計画」が公表されました。

世界のNAPの現状

 2013年にイギリスが始めてNAPを策定して以降、2021年6月までに25か国がNAPを策定しています(イギリス、オランダ、デンマーク、フィンランド、リトアニア、スウェーデン、ノルウェー、コロンビア、スイス、イタリア、アメリカ、ドイツ、フランス、ポーランド、スペイン、ベルギー、チリ、チェコ、アイルランド、ルクセンブルク、スロベニア、ケニア、タイ、日本、ペルー)。

 また、3か国が人権に関するNAPの中にビジネスと人権の章を含ませています(ジョージア、韓国、メキシコ)。

 さらに、26か国が策定中または策定を表明済みで(アルゼンチン、オーストラリア、アゼルバイジャン、ブラジル、エクアドル、グアテマラ、ギリシャ、ホンジュラス、インド、インドネシア、ヨルダン、ラトビア、マレーシア、モーリシャス、メキシコ、モンゴリア、モロッコ、モザンビーク、ミャンマー、ニカラグア、パキスタン、ペルー、ポルトガル、ウガンダ、ウクライナ、ザンビア)、6か国が国内人権機関(※)または市民社会が国別行動計画策定に向けて動き出しています(ガーナ、カザフスタン、ナイジェリア、南アフリカ、タンザニア、フィリピン)。

(国連人権高等弁務官事務所のウェブページ:State national action plansより)

 

※ 国内人権機関(NHRI):既存の公的機関からは独立して、人権保護に関して人権侵害調査、人権促進、人権教育、政府、議会などに対する人権政策や立法に関する助言など、幅広い機能を持つとされ、1993年12月国連総会決議で承認されたパリ原則でそのひな型が示されました。

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