NAP策定への意見:総括的な意見

ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)策定への市民社会からの意見書

(2020年1月23日)

1 はじめに

 

 日本政府は2016年11月にビジネスと人権に関する行動計画(以下「NAP」)の策定を表明し、以降、外務省が中心となってNAP策定を進めてきました。2018年には「ベースラインスタディ意見交換会」を10回にわたり開催し、同年12月には「ベースラインスタディ報告書」を公表、さらに2019年4月からは「諮問委員会」と「作業部会」という新しい枠組みのもとにプロセスを進めてきました。

 NAPが依拠すべき国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」)は、国家には企業による人権侵害から個人を保護する義務を、企業には人権を尊重する責任を求め、人権侵害から救済する仕組みの必要性も示しています。その人権侵害、つまり人権への負の影響を受ける当事者は一人ひとりの市民であることから、私たちもNAPの策定に重大な関心を寄せ、 ビジネスと人権NAP市民社会プラットフォームとして、他のステークホルダーとともにNAP策定プロセスに参画してきました。

 こうした経過の中で私たちは、2017年5月には「ビジネスと人権に関する国別行動計画への初期提言」を、2018年11月には「ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)策定への市民社会からの提言」を公表し、市民社会の視点からさまざまな提言を行ってきました。また、2019年1月のパブリックコメントやその後の諮問委員会、作業部会の場でも意見を述べてきました。

 それらの中では、概ね以下のような点を要請してきました。

  1. 指導原則への準拠、包摂性と透明性のあるプロセス、定期的な見直しと改定などをNAPの「不可欠の条件」とする国連ワーキンググループの「ビジネスと人権に関する国別行動計画の指針」(以下「NAPガイダンス」)を十分に踏まえること
  2. NAPの内容を、国際人権基準と指導原則に明確に基づいたものにすること
  3. ビジネスと人権の問題に関する認識を政府内部で高め、政策の一貫性を確保すること
  4. 策定プロセスにおいて、関係するステークホルダーと十分な協議を必ず行うこと
  5. ベースラインスタディを重視し、人権への負の影響の特定及びギャップの特定は漏れのないように行うこと
  6. 人権への負の影響に対処するための政府の具体的な措置を十分に検討すること
  7. 社会的に脆弱な立場に置かれた、または周縁化された人々への視点と平等及び非差別の原則を重視すること
  8. パリ原則に適合した国内人権機関の必要性と設置に向けた道筋をNAPに記述すること

 以上のような要請内容はしかし、3年近くにわたる策定プロセスの中で、なお十分に実現されているとは言えません。政府による一定の尽力を認識しながらも、いま改めてそのように言わざるをえません。「2020年半ば」とされるNAPの公表まで半年足らずの現時点で、実現されていない課題を再確認し、公表までのプロセスの中で、さらには公表後のNAP改定のプロセスにおいても、これらの実現を以下のとおり強く要請するものです。

 

※ 以下の「総括的な意見」では、要請の背景にある指導原則、NAPガイダンスなどから関連部分を引用して示しています。ポイントとなる部分の太字は引用者によるものです。

 

2 総括的な意見

 

(1) 指導原則に基づいたNAPにしてください

 

 NAPは指導原則を実施するためのものであり、指導原則に基づいていなければなりません。今後の策定プロセスと改定プロセスにおいて、前提となるこの原則がゆらぐことのないよう改めて要請します。

 

 NAPは、指導原則のいわゆる「第1の柱」である国家の人権保護義務と、「第3の柱」の救済へのアクセス、とくに国家基盤型救済について、その具体的な政策を明らかにするものです。NAPガイダンスも「国連のビジネスと人権に関する指導原則に適合するかたちで、企業による人権への負の影響から保護するために国家が策定する、常に進化する政策戦略」であるとNAPを定義しています。

 政府は指導原則にコミットしていると繰り返し表明してきましたが、以下に述べるように政策の一貫性の確保が不十分であること、ギャップ分析がなされていないことなど、さまざまな問題点が解決されていないのが現状です。策定されるNAPと策定後の改定プロセスがコミットメントを裏切ることのないよう、NAPは指導原則に基づいていなければならないことを、改めて確認しておかなければなりません。

 加えて、指導原則の目指すところは、何よりも人権の保護を通じた人権が尊重される持続可能な社会の実現であり、またNAPも「非差別性及び平等という根本的な人権原則」(NAPガイダンス)に基づかなければならないことを改めて銘記するべきです。

 

◆指導原則の関連部分

  • 「この指導原則は、全体を一つの首尾一貫したものとして理解されるべきであり、また影響を受ける個人や地域社会に具体的な結果をもたらすため、またそれにより社会的に持続可能なグローバル化に貢献するためにビジネスと人権に関する基準と慣行を強化するという目標に沿って、個別に、またまとめて、読まれるべきである。」(一般原則)
  • 「この指導原則は、社会的に弱い立場に置かれ、排除されるリスクが高い集団や民族に属する個人の権利とニーズ、その人たちが直面する課題に特に注意を払い、かつ、女性及び男性が直面するかもしれない異なるリスクに十分配慮して、差別的でない方法で、実施されるべきである。」(一般原則)

◆NAPガイダンスの関連部分

  • 「NAPは、指導原則に基づいている必要がある。NAPは、指導原則を実施するための文書として、ビジネスに関連する人権への負の影響から保護し、救済への実効的なアクセスを提供するために、国際人権法の下での国家の義務を十分に反映する必要がある。また、NAPは、デュー・ディリジェンス・プロセスを通じることも含めて、企業による人権尊重を促進する必要がある。さらに、NAPは、非差別性及び平等という根本的な人権原則に基づかなければならない。」
  • 「NAPは、指導原則と同様、非差別性及び平等という根本的な人権原則に基づくものでなければならない。その意味は、性別に基づく異なる影響を考慮する場合を含め、脆弱化または周縁化されるリスクの高いグループや直面する課題を特定するとともに、それに対処するために特に注意が払われるべきということである。」

 

(2) 包摂性と透明性を確保してください

 

 これまでの策定プロセスは、包摂性と透明性が十分に確保されていませんでした。今後の策定プロセスとその後の改定プロセスにおいて、包摂性と透明性を十分に確保することを改めて要請します。

 

 ビジネスと人権の課題は市民、消費者、労働者、企業など社会のあらゆるステークホルダーに関係しています。またNAPが策定されると、その影響はあらゆるステークホルダーに及びます。したがって、NAPの策定プロセスはこうしたステークホルダーとの協議を重視し、社会に開かれた包摂的なものでなければならず、そうしたプロセスによってNAPは実効的なものになります。とくに、人権への負の影響を受ける当事者、とりわけ社会的に脆弱な立場に置かれた、または周縁化された人々への包摂性は重視される必要があります。

 包摂性を担保するのは透明性です。これまでのプロセスで関係するステークホルダーとの協議の機会は不十分ながら設定されてきましたが、協議内容の政府としての説明、パブリックコメントに対する応答などの点で、透明性はさらに不十分なものでした。NAPの実効性を高めるためにも、今後のプロセスでの透明性の確保が必要です。

 

◆NAPガイダンスの関連部分

  • 「NAPプロセスは、NAPの策定、モニタリング及びアップデートを含め、包摂性及び透明性があり、影響を受ける可能性がある個人またはグループ及び関係するステークホルダーの見解や必要性を考慮するものでなければならない。これは、権利に適合するアプローチにとって中心をなすものであり、とりわけ関係するステークホルダーがどの程度NAPプロセスに参加するかがNAPの正当性と有効性を決めるものである。」

 

(3) 政策の一貫性を確保してください

 

 これまでの策定プロセスや政府から示されたNAPの内容に関わる文書は、政府の各府省庁及び関係機関の間での「政策の一貫性」が十分であるのか疑問のあるものでした。今後の策定プロセスとその後の改定プロセスにおいて、またSDGsとの関係において、政策の一貫性を十分に確保することを改めて要請します。

 

 ビジネスと人権に関連する政策・施策はきわめて広範囲に及び、これまでのNAP策定プロセスでも、政府のほとんどの府省庁が関与してきました。この政府をあげての対応については一定の評価をするものです。しかし同時に、NAPに盛り込まれる具体的施策の内容が、既存の諸施策をビジネスと人権の観点から適用する場合を含めながらも、指導原則に基づいたしっかりした考え方のもと、首尾一貫したかたちで体系化されているかが問われます。

 こうした一貫性を確保する政府内での継続した尽力と、その上に立った政策形成が必要です。そして、これらはNAPに盛り込まれた施策の実施段階でも同様です。

 また、指導原則を中核とする「ビジネスと人権」の共通理解のためには、指導原則が依拠する「国際的に認められた人権」の共通理解も必要です。世界人権宣言、国際人権規約、ILO中核的労働基準などの国際人権基準に基づいて「人権」を理解した上での政策形成と実施が求められます。

 さらに、SDGsとの関係においても政策の一貫性は重要です。2019年12月に政府SDGs実施指針が改定され、NAPにも言及されていますが、SDGsが含まれる「持続可能な開発のための2030アジェンダ」全体が人権尊重を基礎としていることを踏まえながら、とりわけ企業の取り組みが人権尊重を踏まえたものとなるよう、政府内でNAPが共有されることが必要です。

 

◆指導原則の関連部分

  • 「国家は、企業慣行を規律する政府省庁、機関及び他の国家関連機関が、関連情報、研修及び支援を提供することなどを含む、各々の権限を行使する時、国家の人権義務を確実に認識し、監督することを確保すべきである。」(原則8)
  • 「国家の人権義務と、企業慣行を規律するために国家が施行する法令や政策の間に、避けることができない相克はない。しかしながら、時として、国家は、社会の異なるニーズの間の調和をとるために、バランスを保ちながらの難しい決定をしなければならない。適切なバランスを実現するため、国家は、国内政策の垂直的及び水平的な一貫性を確保することを目指しながら、ビジネスと人権の課題に対処するよう幅広いアプローチをとる必要がある。政策の垂直的な一貫性とは、国家が、国際人権法上の義務を実施するために必要な政策、法律及びプロセスを持つことを意味する。/政策の水平的な一貫性とは、会社法及び証券規制法、投資、輸出信用及び保険、貿易、労働を含む、国及び地方の両レベルで企業慣行を規律する部局や機関が国家の人権義務について認識を持ち、また義務に合致した行動がとれるように、これを支援し対応力をつけさせることである。」(原則8の解説)

NAPガイダンスの関連部分

  • 「指導原則及びNAPに関する研修及び能力養成の実施は、政府機関すべてを越えた政策の水平的な一貫性にとってきわめて重要である。」
  • 「政府の異なる部門間での協力は、具体的な活動、及びNAP全体の首尾一貫した実施にとって不可欠である。政府関係者は、部局の垣根を越えた継続的な協力を確保すべきである。」

SDGsの関連部分

  • 「民間企業の活動・投資・イノベーションは、生産性及び包摂的な経済成長と雇用創出を生み出していく上での重要な鍵である。我々は、小企業から協同組合、多国籍企業までを包合する民間セクターの多様性を認める。我々は、民間セクターに対し、持続可能な開発における課題解決のための創造性とイノベーションを発揮することを求める。「ビジネスと人権に関する指導原則と国際労働機関の労働基準」、「児童の権利条約」及び主要な多国間環境関連協定等の締約国において、これらの取り決めに従い労働者の権利や環境、保健基準を遵守しつつ、ダイナミックかつ十分に機能する民間セクター活動を促進する。」(「持続可能な開発のための2030アジェンダ」パラグラフ67)

 

(4) ギャップ分析により政策の有効性を確保してください

 

 現在、ギャップ分析がなされないままNAP策定へのプロセスが進められています。これで本当に問題の解決に結びつくのか、大きな疑問が残されたままです。策定までのプロセスにおいてギャップ分析の努力をするとともに、少なくとも、NAP改定のプロセスにおいてギャップ分析が必要であることをNAP自体に明記することを要請します。

 

 2018年のベースラインスタディ意見交換会及び同報告書では、政策や施策の枠組みは説明され、一定の整理もなされましたが、ビジネスと人権の観点から、現実の問題を解決するためにそれらの枠組みが有効で十分なものであるのか、の検討結果が示されることはありませんでした。2019年7月に「ビジネスと人権に関する我が国の行動計画(NAP)の策定に向けて」で示された「優先分野」5項目も、ギャップ分析に基づくものではありませんでした。

 現にある問題を解決すべき課題として認識し、その解決のための有効な方法を検討し、そして実際に手立てを行うのが政策や施策です。NAPで求められている政策・施策も同様で、ビジネスと人権の観点から、負の影響が及んでいる現実の問題を洗い出し、その解決のために現状の政策・施策は果たして有効で十分なものであるかを検討するのがギャップ分析です。政策形成の基本であるギャップ分析が欠落したままでは政策の有効性に疑問が生じ、また指導原則に基づいていないことにもなり、NAPの信頼性も揺らぎます。

 

◆指導原則の関連部分

  • 「保護する義務を果たすために、国家は次のことを行うべきである。
    (a) 人権を尊重し、定期的に法律の適切性を評価し、ギャップがあればそれに対処することを企業に求めることを目指すか、またはそのような効果を持つ法律を執行する。」(原則3)
  • 「企業の人権尊重を直接的または間接的に規制する現行法が執行されないことは国家慣行上の著しい法的ギャップである。それは、差別禁止法や労働法から、環境、財産、プライバシー及び腐敗防止に関する法にまで及ぶ。したがって、国家は、そのような法律が、現在、実効的に執行されているか、もし執行されていないのであればなぜそのような事態に至ったのか、どのような措置をとれば状況がそれなりに改善するのかについて考察することが重要である。」(原則3の解説)

NAPガイダンスの関連部分

  • 「〔NAPの内容の中の政府の対応の部分では〕ビジネスに関連する人権への負の影響に対して政府が現在どのように対処しているのかを明確化し、かつ、今後の活動についてのコミットメントを説明すべきである。」(※〔  〕内は引用者による注記。以下同様。)
  • 「〔NAPの内容の中で計画されている活動は〕プロセス6〔ギャップの特定〕または13〔NAP改定時のアセスメント及びギャップの特定〕において特定された保護のギャップに対処するためにどのような活動を計画しているかに関する政府の熟慮(deliberations)の結果を示すものである。」
  • 「NAPのアップデートは、企業に関連する人権への負の影響を防止・軽減・救済するために既存のNAPが実際にどの程度効果があったかについての徹底した評価に基づくべきである。

 

(5) 改定のプロセスを確実なものにしてください

 

 NAPガイダンスは、指導原則への準拠、包摂性と透明性の確保などともに、NAPの改定を「不可欠の条件」としています。政府も改定を前提としていますが、改定は適切な時期に行い、また包摂性と透明性などNAP策定プロセスに求められる要件を欠落させることのないよう要請します。

 

 社会の動きは激しく、ビジネスと人権をめぐる状況も同様に激しく変化します。新たな課題も出てきます。こうした中で実施されるNAPは、ひとたび策定されれば終わりではなく、継続して改定されることが前提です。この改定にあたっては以下の点を改めて要請し、その内容を最初のNAPにおいて明確に記述することを求めます。

  1. 改定は3年後とするべきです。現在NAPの「行動計画期間」は5年とされ、5年後の改定が予定されていますが、変化の激しい現実に対応し、NAPを「生きた文書」とするには5年はあまりに長く、3年とすることを強く求めます。
  2. 改定の前提としてモニタリングが必要です。またモニタリングは政府内の限られた範囲ではなく、少なくとも最初のNAPの策定時のようにステークホルダーとの協議を含めて行われることが必要です。
  3. モニタリングのための指標が必要です。この指標を最初のNAPにおいて明示するべきです。
  4. 改定のプロセスにおいても、最初のNAPの策定プロセスと同様の、負の影響の特定に基づいたギャップ分析、ギャップ分析に基づいた優先分野の特定、そうしたプロセスでの包摂性と透明性の確保、関係するステークホルダーとの協議などが求められます。これらが最初のNAP策定プロセスにおいて不十分なのであれば、少なくとも改定プロセスでの実現を目指すべきです。

NAPガイダンスの関連部分

  • 「政府は、定期的に自国のNAPを見直し、有効性を評価し、アップデートすることによって、累積的な効果と進歩が得られるよう努力する必要がある。NAPのアップデートは、現実的または潜在的なビジネスによる人権への負の影響の変化、並びに、政策の優先順位及び国際的な規制環境の進展を考慮に入れるべきである。」
  • 「マルチステークホルダーによるNAP実施への継続的な関与とモニタリングを確保するために、政府は、独立したマルチステークホルダーによるモニタリンググループの設置を検討すべきである。」
  • 「NAPのアップデートは、企業に関連する人権への負の影響を防止・軽減・救済するために既存のNAPが実際にどの程度効果があったかについての徹底した評価に基づくべきである。進捗を評価する際には、評価者は、評価のベンチマークの一つとして政府がNAPに規定した実施指標を参照すべきである。」