【優先分野・事項】

  • 人種差別(特に入居差別、入店差別及びレイシャルハラスメント)

(反差別国際運動)

・意見内容

  • 政府は、入居差別、就職差別、入店差別、職場でのハラスメント及びヘイトスピーチ等の禁止を含む包括的な差別禁止法の制定を検討すること。  
  • 企業は、レイシャルハラスメントを防止するため、レイシャルハラスメントの禁止を明示した就業規則や服務規定を設け、違反した場合の懲戒規定を設けること。
  • 企業は、レイシャルハラスメントに関するガイドラインを設けるにあたり、具体例を記載し、適切な研修を行うこと。
  • レイシャルハラスメントに遭った被害者のための相談体制を整えること。
  • 企業は、サプライチェーンの観点より、レイシャルハラスメント禁止の方針と具体的な方策を、特に調達のプロセスにおいて適用するよう努めること。

・理由

 人種差別の撤廃は、ビジネスと人権という観点からも活発な議論が期待されるところであるにもかかわらず、『ビジネスと人権に関するベースラインスタディ報告書』においては、人種差別の撤廃に関する情報がほとんど提供されていない。とりわけ入居差別、入店差別及びレイシャルハラスメントの問題は企業のコンプライアンスにもかかわる重要事項であり、優先課題として議論すべきと思料したため

 

・意見

第1 包括的な差別禁止法の必要性

 日本は1995年に人種差別撤廃条約に加入したものの、未だに包括的な差別禁止法を制定していない。包括的な差別禁止法の制定を促す勧告は、人種差別撤廃委員会から何度も受けている。昨年の8月に行われた審査においても、直接的及び間接的な人種差別を禁止する具体的で包括的な法制定の勧告を受けたところである(パラグラフ8)。

 これに対し、日本政府は、「我が国で…人種差別を規制しており、ご指摘の包括的差別禁止法が必要であるとの認識には至っていない」と述べている(人種差別撤廃条約第10・第11回政府報告書パラグラフ101)(2017年)。しかし、2016年に法務省が行い、2017年に発表された『外国人住民調査報告書』によれば、外国人であることを理由に入居差別を経験した人が約40%、就職差別の経験者が約25%にものぼり、何故「包括的差別禁止法が必要であるとの認識には至っていないといえるかの合理的な説明はなされていない。以下、ビジネスと人権という観点から入居差別、及び入店差別に着目し、包括的な差別禁止法の必要性について述べる。

1 入居差別

 入居差別においては、2009年に国土交通省が、「あんしん賃貸支援事業と外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン」を作成し、地方自治体及び不動産業者を指導してきた。また、同省は2017年においても、全国宅地建物取引業協会連合会や全日本不動産協会などに対し、「不動産業に関わる事業者の社会的責務に関する意識の向上について」という通達を出した。これは、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律、部落差別の解消の推進に関する法律という解消法三法が施行されたにもかかわらず、「未だ一部において人権の尊重の観点から不適切な事象が見受けられる」ことを理由としたものである。しかしながら、上述のとおり入居差別の経験者は約40%にものぼり、ガイドラインや通達だけでは入居差別撤廃の実効性は担保することができない。

2 一般公衆場所への入場差別(入店差別)

 また、一般公衆場所への入場差別もビジネスと人権の分野から問題となる。日本においては、一般の使用を目的とする公共の場所及び施設から、民族的出身や国籍等を理由とした入場拒否の禁止を明文化した条文は存在しない。確かに、交通及び宿泊分野においては、鉄道営業法、鉄道事業法、道路運送法、貨物自動車運送事業法、貨物利用運送事業法、海上運送法、港湾運送事業法、航空法及び国際観光ホテル整備法施行規則等で事業者が正当な理由なく役務提供を拒絶してはならない旨の規定が存在する。しかし、その他の公共の場所及び施設からの入場・入店拒否については、明文上禁止されていない。この点、上述でも記載した『外国人住民調査報告書』によればレストラン等への入店やサービスの提供を断られた経験したことのある人は約6%を占めた。近年においても、2016年10月に、大阪の寿司屋が、韓国人観光客に対して、嫌がらせ目的で「わさび」を大量に入れていたという事件や、2017年11月に、化粧品会社ポーラの国内販売店で、「中国の方 出入り禁止」と書かれた紙が、販売店のガラス戸に張られ、その後、ポーラは同店との契約を打ち切ったことが報告されている。2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックを目前にした日本で外国人観光客が増加することが見込まれる中、このような入店等の差別を経験する外国人が現れないよう、入店拒否を禁止する差別禁止法の制定が望まれる。

 

第2 レイシャルハラスメント

 企業との関係でとりわけ問題となるのは、レイシャルハラスメントの問題である。レイシャルハラスメントとは、民族的出身や国籍等に基づく、受け手が望んでいない、攻撃的、侮辱的、有害だと分かる言動である。レイシャルハラスメントも差別の一形態であり、包括的な差別禁止法の中で禁止されるべき言動だが、法規制だけでなくとも、企業は就業規則、服務規定、懲戒規定等を適切に整備することにより、組織のコンプライアンス問題として対処することができる。例えば、2006年に顧客から従業員がレイシャルハラスメントを受け、「差別発言で傷つけられた」として慰謝料及び謝罪広告の掲載を求めた積水ハウスの事件では、同社カスタマーズセンターが謝罪を求める、同社が訴訟費用の負担をする、裁判に出席する時間を勤務時間と認める等、被害者任せとせず同社が毅然とした適切な措置をとったことが評価された。反対に、会社のコンプライアンスが適切でない場合、従業者から訴訟を提起されることも十分あり得る。例として、2015年8月に人種差別的な文書が職場で繰り返し配布されたことによって精神的苦痛を受けたとして、在日コリアンの女性が勤め先の住宅販売会社及び同社の会長に損害賠償請求をしたフジ住宅裁判が挙げられる。レイシャルハラスメントを防止するためには、上記のように就業規則等でレイシャルハラスメントの禁止を明記し、違反した場合には懲戒処分を定めることのほか、 ガイドラインにどのような事例がレイシャルハラスメントに当たるのかといった具体的な事例を掲載するといった対応が考えられる。また、研修項目にレイシャルハラスメントを含めることや二次被害を防ぐための相談体制を確立することも重要である。

 また、サプライチェーンの観点より、企業独自で策定した就業規則やガイドラインに関して、取引先や関係会社に同等のルールや行動規範を守るように求めることも重要である。

 

第3 まとめ

 ビジネスと人権の分野においても、人種差別の撤廃は極めて重要な課題である。とりわけ、政府としては企業が差別的取扱いを行わないよう、包括的な差別禁止法を制定すること、企業としてはレイシャルハラスメントを防止するため、レイシャルハラスメントの禁止を明示した就業規則等を設けること、ガイドラインに具体例を記載すること、レイシャルハラスメントに関する研修を行うこと、相談体制を整えること及び取引先等に企業が策定した就業規則等の遵守を求めることが必要となる。