【優先分野・事項】

  • 「優先分野の特定」にあたっては、外部から寄せられている/寄せられる現状に対する課題とNAPに盛り込まれるべき事項を十分に踏まえた透明性の高い議論の場が確保されるべき
  • 指導原則2:人権や労働に関する事項を含む、企業が国外で行なう事業について報告を行なう義務に係る法整備や体制強化
  • 指導原則4:国有ないし国営企業又は輸出信用機関や政府投資保険・保証機関のような国家機関から支援やサービスを受ける企業による実効的なデュー・ディリジェンスの実施の確保に向けた関連省庁・機関の体制強化(人権に係る調査・判断能力の強化を含む)
  • 指導原則27:「実効的で適切な」国家基盤型の「非司法的苦情処理メカニズム」を確保するためのOECD多国籍企業行動指針に係る日本連絡窓口(日本NCP)の強化

(国際環境NGO FoE Japan 開発と環境チーム)


【ベースラインスタディ報告書、および、NAPに盛り込むべき事項の特定プロセスに係る意見】

 

 今回のパブリックコメントでは、「国別行動計画に盛り込むべき優先分野・事項を特定し,政策・施策について検討する上で参考とするため,本ベースラインスタディを基礎として,意見を募集」するとされているが、公表された「ビジネスと人権に関するベースラインスタディ報告書」(以下、ベースラインスタディ)で示されているのは、各指導原則に係る現状にとどまっており、その現状と指導原則の下で求められている/取りうる措置とのギャップは示されていない。

 一方、同ベースラインスタディの末尾にある「各ステークホルダー,有識者及びオブザーバーからの見解」では、現状に対する課題や提言としてNAPに盛り込まれるべき事項が示されている。

 今後、本パブリックコメントを通じて、市民社会から現状を踏まえた課題やNAPに盛り込むべき事項がさらに多く寄せられることとなるが、「優先分野の特定」にあたっては、そうした外部から寄せられている/寄せられる現状に対する課題とNAPに盛り込まれるべき事項を十分に踏まえた透明性の高い議論の場が確保されるべきである。

 

【NAPに盛り込むべき重要事項に係る意見】

 

1. 指導原則2:人権や労働に関する事項を含む、企業が国外で行なう事業について報告を行なう義務に係る法整備や体制強化

 

<意見内容>

日本領域及び/又は管轄内に拠点を有する全ての企業に対する人権・環境社会に係る注意義務法を制定し、自社の行為、また自社の支配下にある企業、および、ビジネス関係を有する調達先や下請け先の企業の行為に対し、注意義務と報告義務を負わせ、またその報告書を公にするべきである。こうした報告書の公開は、日本の消費者がエシカルな商品を選択するための情報源の一つとしても重要である。また、もし企業が注意義務を果たしていない場合や、その義務の不履行が人権侵害や著しい環境社会影響の直接的および間接的な原因になった場合には、罰金等の制裁を科す必要がある。

 

<理由>

(1)金融商品取引法では、投資者のみが事業の内容や状況について開示を求めることができるが、義務付けはされておらず、また会社法上でも、人権を尊重することに係る義務付けは一切されていない。その一方で、下記に例としてあげる2カ国では、以下のような義務付けがなされている:

 

I. アメリカ・カリフォルニア州 ——— 2012年1月より、サプライチェーン透明法(California Transparency in Supply Chains Act of 2010)が施行されている。この法律により、同州で事業を行なう、世界売上1億ドル以上の小売・製造業者はサプライチェーンにおける人身売買や、奴隷労働を排除する取り組みを公に開示することが義務付けられている。この法律の目的は、消費者に十分な情報を与え、サプライチェーンの監督を責任を持って行なっている企業からの購買を促すものである(出典:カリフォルニア州司法省「サプライチェーン透明法」)。

 

II. フランス ——— 2017年3月27日から、企業のサプライチェーンに対する注意義務(au devoir de vigilance)を問う法律が施行されている。この法律では、「当該等企業およびフランス国内に本社所在地を有する子会社の従業員が5,000人以上の企業」または「当該企業およびフランス国内外に本社所在地を有する子会社の従業員が1万人以上の企業」に対し、これら企業の活動から直接的および間接的に人権侵害や環境破壊が生じないよう、「注意義務の計画(a vigilance plan)」を立て、報告することが求められている。具体的には次のようなものが含まれる(出典:1. フランス共和国政府「企業の注意義務法」、2. 大阪同和・人権問題企業連絡会「アジアの現場から「ビジネスと人権」を考える:バングラディッシュから世界へ

  1. 人権・環境へのリスクを特定し、分析し、ランキングするためのマッピング
  2. マッピングに従いビジネス関係を有する子会社、委託先や調達先の状況を定期的に評価する手続
  3. 人権・環境リスクを軽減し、深刻な被害を防止するための取り組み
  4. 潜在するリスクまたは現実のリスクを収集する警戒メカニズムで、これは自社の労働組合代表らとの協働のもとに行われる
  5. 実施された措置の進捗確認を行い、それらの実効性を評価するメカニズム

(ベースラインスタディ「指導原則2−1治外法権の言及を含む本国の対策(3)、(4)」、「指導原則3−1関連法規制の制定と実施(11)」に関連)

 

(2)ベースラインスタディでは、「日本はOECD加盟国であり、OECD多国籍企業行動指針(以下、OECD行動指針)の参加国である」こと、また、「OECD国際投資及び多国籍企業に関する宣言において、自国内で又は自国から活動する多国籍企業に対し、同指針を遵守するよう共同で勧告している」ことが示されている。しかしながら、これは勧告のみであり、下段の幾つかの事例でも示すとおり、法的拘束力のない同指針が遵守されていないケースは後を絶たない。

 また、ベースラインスタディでは、日本が、OECD紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンスに関するOECD閣僚理事会による勧告、OECD採掘産業における意義あるステークホルダー関与のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンスに関するOECD理事会勧告、OECD-FAO責任ある産業サプライチェーンのためのガイダンスに関するOECD理事会勧告、OECD衣服・履物産業における責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンスに関するOECD理事会勧告の採択に参加していることが示されている。しかし、実際には、この勧告に沿ったデュー・ディリジェンスを全ての日本企業が行なっているわけではない。具体的には、弊団体が現場で環境社会・人権問題をモニタリングしている以下の事例のとおり、周辺住民が直面している深刻な人権侵害に日本企業の行為が直接的あるいは間接的(人権侵害への加担)な形で関わっているケースが多くみられる:

 

I. フィリピン —— 複数の日系企業が出資し、国際協力銀行が融資をするニッケル鉱山開発・製錬工場において、環境被害・人権侵害が起きている。鉱山・製錬工場の周辺地域の水源や河川において複数箇所で長期に渡り、日本の環境基準を上回る六価クロムが検出されている。六価クロムは有毒物質であり、長期的な健康被害が懸念されている。鉱山開発による先住民族の移転においても、近くの水源で基準値以上の六価クロムが検出されているような地域への移住が行なわれており、準備された移転地で清潔な水が十分に確保できない場合には、六価クロムで汚染された水源を利用している先住民族もいる。また、日本や中国などの企業が行なっている同地域での鉱山開発による深刻な環境・生活破壊に対して、企業に適切な対応を求めたり、これ以上の鉱山開発の拡張に反対していた先住民族のリーダーが2017年に暗殺された。こうした声をあげる住民への弾圧は、他の住民への萎縮にもつながっており、言論の自由など、基本的な人権の保障が確保されていない状況となっている。

 

II. フィリピン —— バナナプランテーション問題では、日本企業の子会社や関連企業による人権侵害が起きている。2018年10月から日系企業のバナナ梱包工場で長年働いてきた900余名が、フィリピンの労働法に則った正規雇用や団体交渉権を求めてストライキを決行したものの、企業側は当初から対話の場すら儲けようとせず、この間、複数の暴行・銃撃・放火事件や暗殺事件が勃発してきた。当案件は、世界最大の国際人権NGOアムネスティによっても「緊急行動」が必要な案件として取り上げられており、国際的にも深刻な人権侵害のケースの一つとして捉えられている。しかし、多くのバナナプランテーションが存在するミンダナオ島は、現在、フィリピン政府により戒厳令が敷かれ、市民が公権力による弾圧を受けやすく、基本的な人権の保障が確保されていない他、外務省の発表する危険レベルが高い地域にも当たり、国内外の第三者機関・団体によるモニタリングも通常のケースと比較して、そう容易ではない。このように、現場の人権状況が著しく悪化していることが認められる地域や、外務省の発表する紛争地域及び危険レベルが高い地域において、日本企業が事業展開したり、日本消費者向けの商品が生産されたりしている事例が多々あることから、日本政府によるビジネスと人権に係る法整備や体制強化は急務である。

 

(ベースラインスタディ「指導原則2−1治外法権の言及を含む本国の対策(5)」に関連)

 

2. 指導原則4:国有ないし国営企業又は輸出信用機関や政府投資保険・保証機関のような国家機関から支援やサービスを受ける企業による実効的なデュー・ディリジェンスの実施の確保に向けた関連省庁・機関の体制強化(人権に係る調査・判断能力の強化を含む)

 

<意見内容>

JICA、JBIC及びNEXIは、現地住民、市民社会からの人権に係る意見を適切に精査し、人権侵害に係る適切な判断を行なうとともに、当該国の人権状況に係る専門家等の助言も適宜入れる必要がある。また、精査にあたっては、当該企業のみに事実関係の確認をするのではなく、人権侵害の被害当事者はもちろんのこと、当該国の人権委員会を含む、独立・信頼性の高い第三者の意見も尊重し、適切な判断を行なう必要がある。こうしたことを確保するため、JICA、JBIC及びNEXI、また、それらの監督官庁(外務省、財務省及び経済産業省)において、人権侵害に係る適切な調査・判断を行なうためのキャパシティ・ビルディングや過去の事例に基づく人権に係る知識の蓄積・継承を着実に行なう体制づくりが必要である。

 

<理由>

JBICは、『環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン』(以下、ガイドライン)に則り、企業による人権配慮の確認を行なうこととなっている。また、財務省はJBICの所管省庁として、JBICがガイドラインに則り適切に環境社会配慮確認を行なうよう監督する義務がある。しかしながら 、少なくとも弊団体がこれまでにモニタリングしてきた複数の案件における経験から、人権侵害のケースに係るJBICによる精査の方法やその判断は適切なものとは言えず、また、財務省の監督は不十分であると言わざるをえない。これは、JICAに対する外務省、および、NEXIに対する経済産業省についても同様と言える。具体的な例として、弊団体がモニタリングしてきたJBIC案件を一つ挙げる:

 

インドネシア —— 2016年、JBICは、日本企業2社が出資するインドネシアの石炭火力発電事業に約2,234億円の融資を決定したが、同事業では事業に反対の声をあげる住民への深刻な人権侵害が問題視されていた。同事業は、農地や漁場など生計手段への影響を受ける地元住民が根強い反対運動をしてきた他、同事業に伴う深刻な人権侵害や環境社会・気候変動への影響を懸念する市民社会からも国際的な批判の声が上がっていた。地元住民らは生活悪化や人権侵害(軍・警察等による脅迫・暴力・不当逮捕を含む)等、同事業が多くの点でガイドラインの規定に反していることも指摘した。さらに、インドネシアの独立した政府機関であるインドネシア国家人権委員会から事業者に対して、人権状況の改善を求める勧告が複数回出ていた他、2015年12月には、日本政府に対しても同事業に係る人権侵害を懸念する書簡が提出されていた。それにもかかわらず、日本企業の出資する事業者は有効な施策をとらず、また、JBICは国家人権委員会に聞取りを行ないながらも、「人権侵害を認知できなかった」とし、融資契約を結んだ。この事例から、JBIC及び所管省庁である財務省が、人権侵害に関して適切な判断を行なうためのキャパシティ・ビルディングができていないことは明らかである。

 

(ベースラインスタディ「指導原則4−2公的機関(1)、(2)」に関連)

 

3. 指導原則27:「実効的で適切な」国家基盤型の「非司法的苦情処理メカニズム」を確保するためのOECD多国籍企業行動指針に係る日本連絡窓口(日本NCP)の強化

 

<意見内容>

日本NCPについては、下段で示す理由から、問題提起者にとって、実質的に効果のある問題解決/救済手段となるよう、その役割やプロセス等の再考が必要であると同時に、NCPの説明責任や透明性の向上が求められる。具体的には、以下のような措置が考えられ、NAPにも盛り込まれるべきである。

 

(1)日本の企業がビジネスを展開する海外におけるステークホルダー(当該ビジネスに関連して人権侵害を受ける/受けている周辺住民や労働者を含む)が、問題提起をより容易に行なうことができるよう体制を見直す。具体的には、

  1. 日英だけではなく、より多様な言語に対応できる体制(潜在的問題提起者に対する同救済手段の情報周知の方法を含む)を整備する。
  2. 海外のインターネット環境にない潜在的問題提起者が、該当国の日本大使館窓口に問題提起書を郵送することを認めるなど、柔軟な措置をとる。
  3. 問題提起書のような文書を書くことに慣れていない社会的弱者等が利用しやすい問題提起の方法(NGOや専門家等の助言・支援を含む)を考案する。

(ベースラインスタディ「指導原則27-3非司法の救済へのアクセスに係る障壁(1)、(2)」、「指導原則31-1実効性基準との一致(2)、(3)、(4)」に関連)

 

(2)日本NCPによる迅速な救済を可能にするため、また、日本NCPによる評価・調査の質の向上を図るため、日本NCPの人的・財政的リソースを拡充し、日本NCP自ら、もしくは/および、専門家等による現地踏査を含む調査を行なう。また、問題提起案件の担当者に学者・弁護士・企業関係者・労働組合関係者・NGO関係者等を関与させ、独立性を高める。さらに、日本NCP委員会等の助言機会を設けるなど、より多様な意見を反映できる仕組みを設ける。

 

(ベースラインスタディ「指導原則27-1 非司法メカニズムの種類」、「指導原則31-1 実効性基準との一致 (1)、(5)」に関連)

 

(3)企業によるOECD行動指針の遵守確保に向け、「斡旋」のみをその機能として打ち出している現在の日本NCPの役割を見直す。特に、当事者が「斡旋」の調停手続に応じない場合には、OECD行動指針の違反の有無についての判断を日本NCPが示すことを可能にする。

 

(ベースラインスタディ「指導原則27-1 非司法メカニズムの種類」、「指導原則31-1 実効性基準との一致 (1)」に関連)

 

(4)日本NCPの説明責任、透明性を向上させるため、必要以上に秘匿性を高くすることなく、初期評価の公開の可能性も含め、情報公開の範囲を見直す。

(ベースラインスタディ「指導原則31-1 実効性基準との一致 (1)、(5)」に関連)

 

なお、国連ビジネスと人権に関するワーキンググループによる「ビジネスと人権に関する国別行動計画の指針(Guidance on National Action Plans on Business and Human Rights)」では、指導原則27に関して国家が「取りうる措置(potential measures)」として、以下を示している(下線〔注:本ページでは太字〕は弊団体)。

  • OECDの各国連絡窓口(NCP)について、その存在の認知の向上、並びに、適切な場合にはその権限及びリソースの拡張による、実効性の確保
  • 国内人権機関、オンブズパーソン、またはOECDのNCPなどの非司法的苦情処理メカニズムの各国法への定着
  • 非司法的苦情処理メカニズムの過程で人権を侵害したことが判明した企業が、救済活動を実施し、罰金や国家サービスへのアクセス制限などの行政的なペナルティを含め、しかるべき結果に直面することの確保

<理由>

(1)少なくとも、弊団体が問題提起に関わった2案件(問題提起者の代理・支援を含む)では、日本企業の関わるビジネス行為に伴い、深刻な人権侵害を受けている現地住民(農民や漁民)の存在が確認されていたが、彼らが自分自身で、日英で書かれた日本NCPへの問題提起手続きを理解し、日英で文書を準備し提出することは不可能な状態であった(NGOの支援が必要であった)。また、日本NCPは設置されているものの、日本NCPに問題提起された案件、および、日本NCPが手続きを完了した案件は、欧米のNCPに比べると件数が少ない。

 

(2―1)NCPの手続手引では、目安の処理期間として、初期評価は3ヶ月、斡旋は6ヶ月と記載されているが、少なくとも、弊団体が問題提起に関わった案件(問題提起者の代理・支援を含む)では、手続きの明確な遅延理由も示されぬまま、受理通知の発行から初期評価の完了までに9~10ヶ月かかった事例があった。また、その後の斡旋についても、NCPから定期的な連絡もないまま、「当該企業が対応を検討中」ということを理由に、初期評価完了から今日まで2年半近く、手続きに何ら進展のない事例がみられる。(同事例では、初期評価が完了する前に、問題提起者が当初要望した解決策はすでに実現不可能なものとなってしまった。)

 

(2―2)少なくとも、弊団体が問題提起に関わった2案件(問題提起者の代理・支援を含む)では、初期評価および斡旋中に現地踏査等は行なわれないままで、調査の質に疑問が残るものであった。

 

(2―3)日本NCPは、経産省・外務省・厚労省という政府機関のみから構成されており、日本NCP委員会等は、個別の問題提起案件に対して何ら権限を有していない。                 

 

(3)上述(2-1)や(2-2)等の実態から、「日本NCPが当事者による問題解決を支援するための役割を果たしている」とは評価していない問題提起者がいる。

 

(4)上述のように、初期評価3ヶ月、斡旋6ヶ月という目安が示されていながら、迅速な救済が行なわれていない実態は、日本NCPの必要以上の秘匿性の高さから、外部からは見えぬままであり、極めて不透明な体制となっている。(たとえば、初期評価結果の時期・内容を公表することによる「斡旋」手続きへの負の影響が考えられる一方で、そうした情報の公表によって、逆に企業が「斡旋」に応じる後押しとなることも考えられる。しかし、これまで、日本NCPは前者の主張のみを強調し、初期評価結果の情報公開に応じていない。なお、オランダなど、初期評価結果の公表に応じているNCPもある。)