【優先分野・事項】

  • 日本企業による国外での人権侵害の防止・救済

(大阪経済法科大学准教授 菅原絵美)


○意見および理由

 意見募集の対象となるビジネスと人権に関する国別行動計画(以下、NAP)に盛り込むべき優先分野・事項は、法制度・施策の現状とギャップが確認された後、企業、市民社会等とのエンゲージメントを通じて決定されるものである。日本政府による「ビジネスと人権に関するベースラインスタディ報告書」(以下、報告書)では、指導原則の第1の柱および第3の柱に関する法制度・施策について、該当するものがない場合も含め、網羅的に回答している点は評価できる一方、法制度・施策の現状が示されるに留まり、ベースラインスタディが本来の目的とするギャップの特定には至っていない。そこで、意見者が以下に示すように報告書を検討・分析したところ、「日本企業による国外での人権侵害の防止・救済」に関する法制度・施策にギャップがみられたことから、当該課題を優先課題のひとつとして提案する。

 

 NAPを構成する法制度・施策の対象範囲は、指導原則の第2原則が示すように、日本国内のみならず、日本企業の日本国外での事業活動である。指導原則、人権条約実施機関の勧告、各国政府により策定されたNAP等から、自国企業による国外での人権侵害を防止・救済するための法制度・施策を検討したところ、以下の5点を導くことができた。

A 自国企業のグローバルな事業展開を踏まえた「ビジネスと人権」ガイドラインの策定

B マルチステークホルダーとの協働を含めた情報提供および意識啓発・研修の推進

C 自国企業の国外での事業を規制・支援する政策との一貫性の確保

D 「ビジネスと人権」項目を明示した非財務情報の開示

E 自国企業の国外での人権侵害に対するアカウンタビリティの確保と被害者に対する救済へのアクセス

 

 以下、指導原則および国際機関・各国の実行から導いたA~Eに照らし、日本の法制度・施策の現状を検討・分析した場合、ギャップと考えられる点は以下の通りである。

 報告書では、「日本企業による国外での人権侵害の防止・救済」につながる法制度・施策が既に取り組まれているが、「新しい分野」とされる「ビジネスと人権」に関する共通理解が欠けているためか、既存の施策は「ビジネス」または「人権」と関連するものの「ビジネスと人権」の施策としては不十分なものが多かった。例えば、Bに関して、在外公館およびジェトロ事務所では、現地でのビジネスリスクだけでなく、人権侵害の予防にむけた「人権リスク」に関する情報提供・意識啓発を行う必要がある。また旅行業法に基づく自己点検表、中小企業庁による意識啓発などにも「ビジネスと人権」の内容または項目を追加すべきである。またCに関しては、日本貿易保険および国際協力銀行(JBIC)の環境ガイドラインならびにJICAの社会環境配慮ガイドラインにおける指導原則の統合、年金積立金管理運用独立行政法人の資金運用での人権尊重責任の確保、公共調達契約時における調達・流通過程を含めた人権影響評価の導入などが挙げられる。Dについは、経済産業省によるESG/非財務情報に関する対話・開示の手引き(価値協創ガイダンス)では国外に展開されるビジネスパートナーやサプライチェーンを対象とするものの人権項目の明確化が望まれる。

 

 このように既存の法制度・施策のギャップに「ビジネスと人権」の視点および指導原則を統合する形での修正が検討されるとともに、新たな法制度・施策についても検討されるべきである。

 Aに関して、日本社会・日本企業の共通言語となる「ビジネスと人権」に関するガイダンスの策定である。このなかで、日本企業に対し国外の事業活動において人権を尊重するよう求める政府の期待が、企業が講ずべき措置に関する「基準」として明示されるとともに、その「基準」が既存の法制度・施策に組み入れられることが期待される。

 Dに関して、グローバル・サプライチェーンでの取組みを含めた人権情報の開示の推進である。企業による自主的な情報開示を越えて、公共調達や融資での要請を通じて、また必要に応じて立法による義務化を通じて透明性を求めることで、国外での人権侵害に対する予防・救済の取組みを向上させることが期待される。

 Eに関して、日本企業の人権侵害行為に対する責任の明確化と救済へのアクセスの確保である。OECD多国籍企業行動指針の日本連絡窓口(NCP)については救済手段としての問題点が市民社会から指摘されてきた。司法による救済、司法以外の救済の可能性について、例えば企業や業界団体との協働による救済メカニズムの開発など、さらなる検討が期待される。

 

 今後、NAP策定が政府、企業、市民社会などステークホルダーとのエンゲージメントを通じて進められるにあたり、本意見が検討の一助となることを願っている。