「ビジネスと人権」に関する行動計画の原案に対する意見

ビジネスと人権NAP市民社会プラットフォーム


 下記15項目にわたり、「ビジネスと人権」に関する行動計画の原案について意見を述べます。

企業活動による人権への負の影響を受ける当事者は国内外を問わず一人ひとりの市民であることから、私たち市民社会はNAPの策定に重大な関心を寄せてきました。これまでの政府による尽力を認識しながらも、国家の人権保護義務を果たすには、NAP原案は未だ不十分であると私たちは認識しています。

 今回のパブリックコメントに出された意見は、2月4日に開催された第2回諮問委員会で出された意見とともに、誠実に検討されることを要請し、NAPは「生きた文書」(a living document)であるべきことを改めて強調しながら、NAPの策定と策定後の改定プロセスにつなげていきたいと考えます。

 

1.人権の保護が最も重要であり、社会的に脆弱な人々への視点が不可欠であることを明確に記述してください。

 

【意見1】

・該当箇所:第1章3(1)

・意見内容:「政府は、・・・各種コミットメントの実施として、・・・責任ある企業活動の促進を図ることを目指す。このことにより、行動計画では、・・・人権の保護・促進に貢献することを目的とする。」との記述を、国家の人権保護義務が明確になる表現に改めてください。

【理由1】

 ビジネスと人権に関する行動計画(以下「NAP」)は国連ビジネスと人権に関する指導原則(以下「指導原則」)を履行するためのものであり、何よりも国家の人権保護義務の果たし方を記述するべきものです。したがって、「企業活動の促進によって人権の保護・促進に貢献すること」ではなく「人権の保護義務を履行すること」が最重要の目的であることを明確に表現するべきです。企業の人権尊重責任の政府による促進も極めて重要ですが、指導原則の原則1~10に示される国家の人権保護義務、及び国家基盤型の救済がNAPではそれにも増して重要です。

 

【意見2】

・該当箇所:第1章3(1)

・意見内容:「国際社会を含む社会全体」を「国の内外を問わず企業活動により人権への負の影響を受ける人々」等のより具体的な表現に改めてください。

【理由2】

 指導原則において最も重要な視点は、企業活動により人権への負の影響を受ける個人(指導原則のいう「権利保持者」)の保護であり、「社会全体」との表現は抽象的になり過ぎています。この点、指導原則も、「影響を受ける個人や地域社会に具体的な結果をもたらす」ことを目指すと、指導原則全体に適用される重要な「一般原則」の中で述べています。

 

【意見3】

・該当箇所:第1章3(1)

・意見内容:「社会的に弱い立場に置かれ、排除されるリスクが高い集団や民族に属する個人」を重視することを記述してください。

【理由3】

 指導原則は「一般原則」の中で、「社会的に弱い立場に置かれ、排除されるリスクが高い集団や民族に属する個人の権利とニーズ、その人たちが直面する課題に特に注意を払う」ことを求めています。ところが、この点への言及がNAP原案では欠落しています。

 

2.説得力と実効性のある行動計画にするため、既存の施策の有効性を分析してください。

 

【意見4】

・該当箇所:全体(具体的な記述要請は第4章)

・意見内容:人権への負の影響の特定とギャップ分析を行うことの必要性、及びこれらをNAP改定プロセスにおいて行うことを、今後の課題として第4章に記述してください。

【理由4】

 ビジネスと人権に関連してどのような現実の問題があり、その問題に対して既存の諸施策はどのように十分または不十分であるのかの説明がないまま「具体的な措置」が並べられています。つまり、人権への負の影響と既存の施策のギャップに関する記述が欠落しています。その結果、NAP原案に示されているそれぞれの「具体的な措置」が、人権への負の影響に有効に対処するものであるのかが明確になっていません。これは、指導原則とNAPガイダンスが求めるギャップ分析が行われないままNAP策定プロセスが進められてきた結果であり、有効に対処するために必要な施策・措置を新たに検討していくためにも、ギャップ分析を今後の課題としてNAPに記述しておくべきです。

 

【意見5】

・該当箇所:第2章1(具体的な記述要請は第4章)

・意見内容:「優先分野」の特定を今後の課題として第4章に記述してください。

【理由5】

 2019年7月の「ビジネスと人権に関する我が国の行動計画(NAP)の策定に向けて」では「優先分野」と位置づけられていた内容が、NAP原案第2章の「1.行動計画の基本的な考え方」では、「特に重要」な「基本的な考え方」へと位置づけが変更されています。NAPガイダンスでも特定すべきとされている「優先分野」への言及がないままではNAPの質を担保できませんが、一方、優先分野を特定するためにはギャップ分析を行うことが前提となります。したがって、ギャップ分析とともに優先分野の特定を、今後の課題として第4章に記述しておくべきです。

 

3.説得性と実効性のある行動計画にするため、「政策の一貫性」を目指すことをNAPに明記してください。

 

【意見6】

・該当箇所:全体

・意見内容:「政策の整合性」との表現を本来の「政策の一貫性」に戻してください。

【理由6】

 ビジネスと人権の観点からの一貫した政策とそれを担保する政府内での認識の徹底の努力を求める「一貫性」と、既存の政策を前提としてそれらの部分的調整を図る「整合性」は根本的に異なります。指導原則でもNAPガイダンスでも求められている「政策の一貫性」は、「ビジネスと人権」の観点からNAPが説得性を持ち、実施段階での実効性を確保する上で極めて重要な、最低限の基準です。NAPはあくまで計画ですが、その計画段階から指導原則への準拠を放棄してはなりません。

 

【意見7】

・該当箇所:第1章2(2)

・意見内容:「SDGsとの関係」についての認識を具体的に記述してください。

【理由7】

 NAPとSDGsとの関係については、2017年11月及び2018年11月の国連ビジネスと人権フォーラムでの日本政府ステートメントで言及されたほか、2016年12月の政府SDGs実施指針の「具体的施策(付表)」において明確に施策課題として位置付けられた経緯があります。さらに、2019年12月のSDGs実施指針改定版でもNAP策定に具体的に言及されています。一方、NAP原案での記述は、「SDGsの実現」と「人権の保護・促進」との関係性の認識が国連文書を参照するかたちで記述されており、消極的で具体性に乏しい内容になっています。SDGsに関する施策との「政策の一貫性」の観点からも、政府としての認識をより積極的・具体的に示す必要があります。

 

4.NAP改定のプロセスが有効なものとなるよう、第4章の内容を修正・追記してください。

 

【意見8】

・該当箇所:第4章

・意見内容:「見直し」を「改定」に改めてください。

【理由8】

 NAPガイダンスはNAPの「改定」(update)を「不可欠の基準」(essential criteria)として求めており、改定に至るプロセスの中での「見直し」(review)とは概念を区別しています。誤解を招く用語は避けなければならず、第4章全体にわたって「見直し」という表現を「改定」に改めるべきです。

 

【意見9】

・該当箇所:第4章1

・意見内容:「行動計画の実施に関する枠組み」を、各施策の担当府省庁も含めて具体的に記述してください。

【理由9】

 第4章では「行動計画の実施に関する枠組み」を記述する必要がありますが、具体性のない不十分な記述にとどまっています。それぞれの「具体的な措置」をどの府省庁が実施するのかを明確に示す必要があります。NAPガイダンスも「関係政府機関」(Relevant Government entity)を示すよう求めています(付録2)。

 

【意見10】

・該当箇所:第4章2

・意見内容:行動計画の期間を5年ではなく3年にしてください。

【理由10】

 「ビジネスと人権」をめぐる現実の動きは激しく、市民も企業もその影響を受けます。気候危機の進行やAIの展開など、人権に関わる予断を許さない状況も控えています。SDGsをめぐる動きとの整合性も随時問われていきます。また、ギャップ分析や優先分野の特定など、現状のNAP原案での不十分な点の解決はNAP策定後に引き継ぐ必要があります。こうした状況のもと、行動計画期間の5年はあまりに長く、3年とするべきです。

 

【意見11】

・該当箇所:第4章3及び4

・意見内容:「行動計画の実施状況の確認」及び「関連する国際的な動向及び日本企業の取組状況の意見交換」については、その「結果について」だけでなく、「確認」と「意見交換」それ自体のプロセスに、ステークホルダーがモニタリンググループとして関与する中で行うことが明確になるよう記述を改めてださい。

【理由11】

 NAPの策定から改定までのすべてのプロセスで包摂性が必要です。NAPガイダンスでは、実施状況のアセスメントのプロセスでも関係するステークホルダーとの協議が含まれるべきであるとし、マルチステークホルダーによるモニタリンググループの設置を検討すべきとしています。

 

【意見12】

・該当箇所:第4章3

・意見内容:「実施状況」を評価指標によって確認することを明記してください。

【理由12】

 「行動計画の実施状況を、毎年、関係府省庁連絡会議において確認する」と記述されているだけで、「具体的な措置」の実施状況を「確認」する際の具体的な基準が明記されていません。これでは公正で客観的な「確認」が担保できません。行動計画の実施状況を評価指標によって確認することを明記するとともに、「2020年半ば」のNAP公表までに評価指標を策定する必要があります。また、これらのプロセスにもステークホルダーとの協議が必要です。NAPガイダンスも、「NAPの改定は、企業に関連する人権への負の影響を防止・軽減・救済するために既存のNAPが実際にどの程度効果があったかについての徹底した評価に基づくべきである」とし、「実施指標」(Performance indicators)を示すよう求めています(付録2)。

 

【意見13】

・該当箇所:第4章

・意見内容:「実施状況の確認」の結果を公表することを明記してください。

【理由13】

 「実施状況の確認」のプロセスにおいても透明性は不可欠の基準です。NAPガイダンスも、「政府は、評価の結果を、アセスメントとともに一般に公開すべきである」としています。

 

5.国内人権機関設置の検討が必要であることに言及してください。

 

【意見14】

・該当箇所:全体

・意見内容:国内人権機関設置の検討が必要であることに言及してください。

【理由14】

 国内人権機関国際調整委員会が2010年に出したエディンバラ原則では、①ビジネスと人権に関する人権促進・教育・研究に基づく啓発や助言の役割に加え、②企業による侵害事例やその救済などのモニタリング、③被害者からの苦情への対応、④侵害事例の仲介や調停、被害者支援を挙げています。国内人権機関が「ビジネスと人権」に関して果たすこうした機能は、諸外国のNAP策定及び実施において国内人権機関が果たしてきた積極的役割からも明らかです。

 国内人権機関については、政府による人権委員会設置法案が2012年に廃案になって以降、具体的な進展が見られません。一方、2017年の国連人権理事会第3回普遍的・定期的審査(UPR)での、パリ原則に適合した国内人権機関の設置に向けた勧告について、政府は引き続きフォローアップすることに同意してもいます。NAP策定を、国内人権機関の設置に向けた道筋を改めて定める機会とするべきです。

 

6.細部の表現の妥当性を熟慮のうえ再検討してください。

 

【意見15】

・該当箇所:全体(②③は第1章1(6)、④は第1章3(4))

・意見内容:細部の表現の妥当性を熟慮のうえ再検討してください。①「配慮」という表現を再検討してください。②「道義的」という表現を再検討してください。③「人権に関するリスク」を「人権リスク」または「人権侵害リスク」に改めてください。④「包括的」を「包摂的」に改めてください。⑤「サプライチェーン」の意味を明確にしてください。

【理由15】

 ①「配慮」という表現が多用されていますが、とくに企業に「人権配慮」を求めるといった文脈では、人権への負の影響を特定して対処する人権尊重責任を企業に求める指導原則の趣旨に沿って、「人権尊重」とするのが妥当と考えます。

 ②「・・・法的にも、道義的にも対応して行くことが求められている」という記述は、「ビジネスと人権」の課題は「道義」の問題であると読む人をミスリードする懸念があります。一般にみられる「法的」と「道義的」のセットでの使用はここでは適切とは言えません。ここで「法的」と並列されるべきなのは国際基準となっている人権規範です。そのすぐ後ろの部分で「海外事業を展開する企業にとっては、事業実施国の法令遵守だけでなく、国際基準に照らして企業行動が評価される国際動向となっている」と表現されているとおりです。

 ③「人権に関するリスク」が指導原則のいう「人権リスク」(人権に負の影響を及ぼすリスク)と同義であるのかが定かでなく、人権リスクに伴って生じ得る経営リスクまで拡大して受け取られる懸念があります。人権リスクと経営リスクを峻別すべきことは指導原則も指摘しています。経営リスクの課題は企業にとっては重要な課題ですが、NAPで記述するべき課題ではありません。

 ④入力ミスであると思われます。

 ⑤「サプライチェーン」は人によって理解される意味内容が異なります。企業活動のいわゆる「上流」だけであるか、「下流」も含むのか、インベストメントチェーンも含むのか、といったことを、注記などして説明しておくべきです。実際、NAP原案の記述全体にはそれらの要素がすべて含まれており、読む人を混乱させてしまいます。

以上

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