【優先分野・事項】

  • 取り組みの計画の記述の前提として、「負の影響の特定」及び「ギャップの特定」に基づき、「ビジネスに関連する人権への負の影響に対して政府が現在どのように対処しているのか」を記述すること。
  • パリ原則に適合した国内人権機関の必要性と設置に向けた道筋を記述すること。

(ビジネスと人権NAP市民社会プラットフォーム)


 

1 優先分野・事項

 ビジネスと人権NAP市民社会プラットフォームは、2018年11月25日に「ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)策定への市民社会からの提言」を公表した。そこに含まれる内容に加え、あるいは敷衍して、以下の点について意見を述べる。

【優先分野・事項1】

取り組みの計画の記述の前提として、「負の影響の特定」及び「ギャップの特定」に基づき、「ビジネスに関連する人権への負の影響に対して政府が現在どのように対処しているのか」を記述すること。

【優先分野・事項2】

パリ原則に適合した国内人権機関の必要性と設置に向けた道筋を記述すること。

 

2 意見の内容及び理由

【優先分野・事項1】

 政府がコミットしているとされる国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」)は、その原則3で、「保護する義務を果たすために、国家は次のことを行うべきである」として「人権を尊重し、定期的に法律の適切性を評価し、ギャップがあればそれに対処することを企業に求めることを目指すか、またはそのような効果を持つ法律を執行する」ことを求め、その解説部分では、「企業の人権尊重を直接的または間接的に規制する現行法が執行されないことは国家慣行上の著しい法的ギャップである。それは、差別禁止法や労働法から、環境、財産、プライバシー及び腐敗防止に関する法にまで及ぶ。したがって、国家は、そのような法律が、現在、実効的に執行されているか、もし執行されていないのであればなぜそのような事態に至ったのか、どのような措置をとれば状況がそれなりに改善するのかについて考察することが重要である」としている(下線は引用者 ※原文の下線を太字で表現)。

 また、国連ビジネスと人権に関するワーキンググループの「ビジネスと人権に関する国別行動計画の指針」(以下「NAPガイダンス」)では、NAPに盛り込むべき内容として重要な「政府の対応」の部分で、「ビジネスに関連する人権への負の影響に対して政府が現在どのように対処しているのかを明確化」することを求めるとともに、NAPに記述される取り組みの計画は、「プロセス6(ギャップの特定)または13(NAPアップデート時のアセスメント及びギャップの特定)において特定された保護のギャップに対処するためにどのような活動を計画しているかに関する政府の熟慮(deliberations)の結果」であるとしている(同上)。

 これら「指導原則」及び「NAPガイダンス」の要請に誠実に応え、上記の内容をNAPに盛り込む必要がある。これが本意見の理由である。

 本意見募集において踏まえることとされている「ビジネスと人権に関するベースラインスタディ」では、政府による現行の法的その他の制度枠組みのstatus(状況)が「現状把握」として説明されている。極めて広範囲にわたるstatusの記述自体は一定評価されるべきものである。しかし、その「現状把握」には上記プロセス6の「ギャップの特定」、及びその前提としての「負の影響の特定」が欠落しているため、「指導原則」及び「NAPガイダンス」の要請に応えてNAPを有効で説得力あるものとするためには、今後の策定プロセスにおいて、「熟慮」に至るに足る「負の影響の特定」及び「ギャップの特定」を担保することが不可欠である。この担保の必要性及び具体的な方法についての考え方を明確にしていただきたい。なお、「負の影響の特定」及び「ギャップの特定」にあたっても、NAPガイダンスの指摘を俟つまでもなく、包摂性と透明性(inclusiveness and transparency)が極めて重要であることを改めて強調しておきたい。

【優先分野・事項2】

 非司法的な救済へのアクセスについては「ビジネスと人権に関するベースラインスタディ」においても種々説明されているが、上記のようにギャップの特定が欠落しているため、それらが有効に機能しているかどうかのアセスメントがなされていない。例えばOECD多国籍企業行動指針に基づく日本連絡窓口(日本NCP)の枠組みについては、ビジネスと人権NAP市民社会プラットフォームの上記「提言」でも多くの問題点を指摘している。人権相談についても、「適切な措置」が実際に救済に結びついたのかどうかの検証がなされていない。

 こうした中、ビジネスと人権の文脈においても、実効的な救済の枠組みとして、「国内機関の地位に関する原則(パリ原則)」に準拠した国内人権機関に期待される役割は大きい。

 国内人権機関については、政府による人権機関設置法案が2012年に廃案になって以降、具体的な進展が見られない。一方、2017年の国連人権理事会第3回普遍的・定期的審査(UPR)での、パリ原則に適合した国内人権機関の設置に向けた勧告について、政府は引き続きフォローアップすることに同意してもいる。NAP策定が具体的に進められている現在を機に、国内人権機関の設置に向けた道筋をNAPにおいて改めて定めるべきである。

 なお、「ビジネスと人権に関するベースラインスタディ」ではSDGsとの関連性が重視されているが、国連のSDGs指標には「パリ原則に準拠した独立した国内人権機関の存在の有無」が含まれている(指標16.a.1)ことにも留意するべきである。国連の「SDGsレポート2018」ではこの指標に沿い、1998年以来116か国がパリ原則遵守のピアレビューを受ける国内人権機関を設置していることが報告されている。

 国内人権機関が果たす役割は救済だけではない。国連人権センター(当時)が1995年に出したガイドライン「国際人権機関―人権の伸長と保護のための国内人権機関づくりの手引き書」は、国内人権機関の任務として、①人権に関する認識の向上と人権教育、②政府への助言と支援、③申し立てられた人権侵害の調査、を挙げている。「指導原則」が依拠する「国際的に認められた人権」の共通理解を国内で普及させるためにも「人権に関する認識の向上と人権教育」は重要であり、こうした観点からも国内人権機関の設置が望まれることを付け加えておきたい。